32. BANANA FISH

Banana fish (19) (別コミフラワーコミックス)

Banana fish (19) (別コミフラワーコミックス)

傑作ハード・ロマン

往年の名作と思っていたのですが、今も冷めない漫画みたい。カテゴリーはなんだろう、少女漫画ハードボイルド? クライムサスペンス? と迷っていたところ、コミックにいいフレーズありました「傑作ハード・ロマン!」。わかるようで分かりませんが(笑)、読めば面白い。コレ考えた人偉いな。
内容紹介をAmazonから引用しようとしたら英語だ。しかも「ゲイでギャングのリーダーであるアッシュ・リンクスは…」とのっけから著しく間違ってるので、簡単に。
1980年代、アメリカN.Y.を訪れた奥村英二は、危険なスラム地区で不良少年達のボスであるアッシュ・リンクスと知り合います。美しい容姿とは裏腹に、野獣のような戦闘力、そしてリーダーシップを持つアッシュ。彼の二面性に初めて触れるとき、周りの人々は一様に戸惑います。しかし英二は、彼の内面にさらなる何かも感じている。。個性的な少年を軸に、物語は”BANANA FISH”というコードネームを追って、シチリアマフィア、ベトナム帰りのジャーナリスト、チャイナタウンの華僑、N.Y.市警などが織り成す一大ミステリーを展開します。
本作は、全19巻の壮大なドラマですが、おそらく前半と後半に二分されます。前半は、”BANANA FISH”というコードネームの謎を追う物語にぐいぐい引き込まれ、後半はアッシュというキャラクター性にぐいぐい魅了されます。いずれにせよ、ぐいぐいです。
また綿密な取材によるのか、リアルな社会情勢の描写が骨太で、多面的な見方が楽しめるのも魅力。刊行当時は「ぶっ飛び」と感じたバイオレンス、銃撃戦も、今ではテロ社会のサバイバルリスクとして逆に迫力も感じます。
Banana fish another story (小学館文庫)
さて、特異なまでに魅力的な主人公、骨太な社会描写、そのうえ文学・科学の深い教養も含まれる本作は、リンクを追うなんてとてもできません。と、まずは敗北宣言しておいて…、本作から派生する物語、番外編にリンク。『Banana fish another story』本作登場人物の番外編がまとめられてるそうです。本作最終巻の番外編が面白いので、きっと面白いんだろうなぁ。ハイ、読んでません<(_ _)>
Yasha(夜叉) (1) (別コミフラワーコミックス) イヴの眠り―YASHA NEXT GENERATION (1) (flowersフラワーコミックス)
そして、同作家の『Yasha(夜叉)』『イヴの眠り』は、本作にも登場するシン・スウ・リンが出てくるそう。知らんかった(TT) これから読みます。

リンクは続くよ

と、今も熱い本作ですが、僕は吉田秋生作品に80年代カルチャーの集大成的な印象があったんですよねェ。気ままにリンクします。
ハイウェイスター (アクション・コミックス―大友克洋傑作集)
主人公アッシュの絵柄が巻を追うごとに随分変わりますが、初巻は大友克洋の初期短編集を連想します。細目、ふっくらがカッコイイ。
マイ・プライベート・アイダホ [DVD]
後半の美青年ぶりは、早世したリバー・フェニックス。『マイ・プライベート・アイダホ』ではキアヌ・リーブスと男娼役を演じています。年代は同時期なので影響あったか分かんないけど。
プラトーン〈特別編〉 [DVD]
ベトナム戦争で極限のストレスのもと兵士が麻薬に溺れる様は『プラトーン』ですな。
ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)
次に、気ままな連想ではなく出典元ですが、”BANANA FISH”というネームで「死を招く魚」というのは、サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』の一編。内容全く覚えてないゃ。
海流のなかの島々(上) (新潮文庫)
殺し屋ブランカの愛読書『海流のなかの島々』はヘミングウェイ。コレ読んでません<(_ _)> だけど「孤独な魂」というのが、ヘミングウェイと本作後半に共通するテーマなので重要なんだろな。
マックス・ロボ→狼王は、『シートン動物記』と(笑)。
これらの文学作品は80年代ではないけど、なんとなくこうした引用に教養主義を感じるのかも。まだ読書がカッコヨカッタ時代。
河よりも長くゆるやかに (小学館文庫)
ちなみに、本作から外れますが吉田秋生作品『河よりも長くゆるやかに』は、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』に限りなく設定が近いです。
限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)
さらに余談ですが、華僑の国際進出が清朝崩壊によって隆盛したというのも、この漫画で知ったなぁ。
まとめると、本作は、国際社会の深い知識や多くの文学作品、多くの映画に裏打ちされた作品で、しかもそれらがかいま見れます。リンクはきりないので、以下、キュッとしぼります。

少女漫画らしいか、らしくないか【ネタバレ】

読者も(たぶん作家も編集者も)皆大好きな、主人公のアッシュですが、このキャラクター自身が本作の最大の特徴といえるかもしれません。
彼は、レイプされ、支配された幼児体験を持つゆえに、何者にも支配されることを嫌う反抗の人に育ちます。その生き方を貫くためにも銃の技術や、殺人術を貪欲に吸収し、あらゆる分野の知識も獲得している。実は読んでて「アッシュはいったいどこまでスーパーマンなんや?」という疑問がチラチラしたりもするんですが、その存在感がゆるぎないのは彼の弱さが鮮やかに描かれるためでしょう。
で、そんな彼の「救い」となる存在が、スラムでは生き抜く術さえない英二ですが。。。今読むと「英二がスーパーマンなんだな」と素直に感じます。
物語の後半、アッシュ以外にも「孤独な魂」をもつ男達が登場します(パパ・ディノさえそうなのかな)。彼らの台詞から語られること。「孤独」を他者で埋めることは罪なのか、誰かの支配を受け入れれば少しは「孤独」から逃れられるものなのか、そもそも人間は「孤独」なもんで行き着く先には死しかないのか。含むテーマは様々です。
ひいてみると、現実には男と女がいるわけで、そのへんの生きる問題を補いあったりするもんでしょうが、本作には不気味なほどに女性がでてこない。
男と女を描いたらミもフタもないというが一つあるかもしれません。あるいは、男女というのをいったん外して、抽象的に人間を描くことで、その「孤独」しかし「生の美しさ」を徹底してクリアに表現してるのかなぁと思います。
そういうの考えてると、この漫画というのは、小説でも味わいでないし、映像化はとても無理っぽいし、少女漫画だからこそできるお話だったのかなという気がしてくるんです。