23. レディ・ジョーカー

レディ・ジョーカー〈上〉

レディ・ジョーカー〈上〉

前世紀日本の総決算

レディ・ジョーカー』映画公開記念! さっそく見てきました。イヤー…。
というわけで、原作の小説『レディ・ジョーカー』をとりあげます(笑)。
内容紹介は、映画版の公式ページがわかりやすいので、思いきってそちらから。

レディ・ジョーカー>と名乗る5人の犯人は、競馬場で知り合い親しくなった男たち。小さな薬店の老店主、中年のトラック運転手、信用金庫の職員、町工場の若い旋盤工、下積みのノンキャリア刑事というメンバー。

そしてトラック運転手には、重度の障害をもったレディという12歳の娘がいる。彼らは身のうちに抱えた恵まれぬ境遇を生きながら、それぞれ異なった心境と理由で犯行に参画し、最大手のビール会社社長を誘拐する。

この事件を巡って、犯行側の心情と動き、被害者である企業内部の混乱、そしてさらに捜査陣の執念と組織的矛盾などが絡み合う三者三様の人間像。…

グリコ・森永事件をモデルにした、いちおう犯罪小説です。だけど、単なる愉快犯モノでは決してなく、むしろ犯罪をきっかけに露になる、日本社会のシステムの矛盾、個人の怨嗟が生まれる仕組みなどを描いているのが特徴。非常に長いですが、ハマルとニ、三日で読めます、ストーリー展開、人物描写が面白い。
登場人物が多い分しんどいけど、誰もが「(身近に)こういう人いるわ」あるいは「これ自分」と感情移入できる人を見つけるでしょう。つまり、前世紀の日本社会の縮図を描いた傑作だと思います。
原作の力もあってか、映画版はキャスト陣が豪華。渡哲也、徳重聡(21世紀の裕ちゃん イイ)、吉川晃司(すごくイイ)、加藤晴彦菅野美穂長塚京三など。…なんだけど、原作のパワーは正直ないかなぁ。
というか、高村薫作品は何度か映像化されましたが、原作の魅力を反映するのがなかなか難しいみたいです。

映像化不可能?

高村薫作品が好きで好きで、わりと読みましたが、きっかけは直木賞作品の『マークスの山』でした。Amazonからの内容紹介です。
マークスの山(上) (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「俺は今日からマークスだ!マークス!いい名前だろう!」―精神に「暗い山」を抱える殺人者マークス。南アルプスで播かれた犯罪の種子は16年後発芽し、東京で連続殺人事件として開花した。被害者たちにつながりはあるのか?姿なき殺人犯を警視庁捜査第一課七係の合田雄一郎刑事が追う。直木賞受賞作品。

で、こちらは崔洋一監督で映画化されました。本作にも登場する、実は繊細な青年刑事、合田雄一郎役を中井貴一さん。。この辺から「アレ?(オヤジ…?)」となり、原作ファンとしては辛いところ。加えて、映画の宣伝なのかしらないけど、「名取裕子のヘアが見えるの見えないの」と、スポーツ新聞で話題でした。。や、もちろん興味深い話題ですよ(笑)。でも…ちょっと、ある疑念が……
マークスの山 [VHS]
次に、映像化されたもので『照柿』。こちらもAmazonからの引用で。

内容(「BOOK」データベースより)
野田達夫、35歳。17年働き続けてきた平凡な人生に、何が起ったのか。達夫と逢引する女、佐野美保子はほんとうに亭主を刺したのか。美保子と出会った瞬間、一目惚れの地獄に落ちた刑事合田雄一郎はあてもなく街へさまよい出る。照柿の色に染まった男二人と女一人の魂の炉。

こちらはなんと、NHKでドラマ化されました。合田刑事三部作の一つで、こちらの合田君も過去をひきずりつつ恋に落ちる青年のはずですが、役を三浦友和さん。。。
照柿
推測ですが、高村薫作品は中高年層に支持されているのかな。作品が持つ世界観は、実は幅広い年代の登場人物の感情を描いてます。一方で日本の組織やシステムを冷徹に眺めるものなのですが、日本で実際にそれを支える男性中高年層に特に支持されているとなれば、なにか皮肉を感じてしまいます。
高村薫作品を「浪花節(なにわぶし)」だけで解釈されると、非常に残念。

外国の青春文学【ややネタバレ】

さて、では上記外の作品の魅力とはなにかみていきます。いきなりリンクさせますが、この際『太陽がいっぱい』や『ジャッカルの日』と同じ視点があってもいいかと。
太陽がいっぱい [DVD]
前者は、屈折した青年の鮮烈な青春像とあります。「太陽がまぶしかったから…」犯罪に惹かれた、というやつ。本作でもそうですが、自然体のまま犯罪に惹かれる若者がよく描かれます。そして、それを検挙する側の合田刑事は、そうした理不尽な感情と、一方で硬直したシステムの間でいつも奮闘します。そこにこそ輝きがある。
ジャッカルの日 [DVD]
映像化の際にいつも、原作にはあるキリスト教ホモセクシャルの要素が無視されるのですが、人物描写を難解にするせいでしょうか。これらを含め、高村薫作品には、日本が舞台ながらまるで外国文学の趣があります。
だからこそ、日本的な「個人を不幸においこむ」システムとの対比でコントラストが際立つわけで。片方のシステムに対する嘆息だけでは、なかなかでない味わいがある。
黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)
最後に、外国の青春文学に通じる魅力を、とりわけ放つ作品は『黄金を抱いて翔べ』です。本作にオジサン臭しか感じなかった人は、ぜひご一読を。